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新聞を取っていないのでここがチラ裏

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意志と存在、あとはただのデータ

 

Serial experiments lainを見ました。

私が求めていたものは全てここに集約されていた、と言うのが全てです。

自分の周囲の閉じた社会だけが自分の世界であって不確かな現実、仮想現実側が現実に寄るのではなく 現実が仮想現実との境目が曖昧になる、現実の方が信用に足らない、思考パターンを認識させることで遍在化できる、肉体が無意味であること、自分ではない自分は最早可能性だけの存在ではなくなった、同じ世界線に同じ人間が存在しうること、自分の意識が自分の全てではない

私が追い求めていた世界が私が3歳の時に既に出来ていた事を知りました。

 

カルト的な人気があるのはよく分かりました。今だからこそ分かる部分も多いのだろうなと思いましたがこれは1998年に放映されたことで意味があるものなのではないでしょうか。

SFものを年月が経ってから観る時、あまりにも現在に近しいがゆえにタイムスタンプの狂った作品になっていて当時の衝撃を感じられない作品が稀にありますが、まさにlainはそういった作品なんだと思います。

例えば東のエデンセカイカメラのようなものが描かれていたり(アニメ放映時にセカイカメラってもうあったような気もしますが)、電脳コイルの眼鏡はgoogle glassのようなものだったり。ある重要な小道具が現実化すると当時の想像力からの驚きなどが得られず、ある種のグッズのように思えてしまいます。

lainの作中でもVRゴーグルのようなものをして街中を歩く男性がいました。wiredは今は亡きセカンドライフVR Chatのようなものに映ります。遍在する意識はAIの人格のようなものでしょうか。

最早現実はSFやサイバーパンクの世界になってきており、憧れてきたものは現実になり使い古されていくのをただ享受し、受け流していくだけの世界です。車は空を飛んでいないし、ドラえもんもいないけど、現在からのSFを描く難しさをただひたすらに思う日々です。

 

ゲーム版の内容もあらかた見ましたが、現実に干渉する終わり方って大好きなんですよね。記録を追うことで思考パターンが自分に組み込まれる感覚、自分の意識の中に”lain”の一部が生まれ遍在する一部になる。これこそが私が抱いていた理想です。その行為を神になる事だとは考えたこともなかったですが。

 

久し振りにひどい風邪をひいて数日声が出なくなってずっと寝てる時に見たのでちゃんと見るべき場所が認識できていないかも知れません。

もう一回ちゃんと観たいと思います。

 

熊パジャマの玲音が最高にかわいかったのと、コードに繋がれたあの様子は健全な青少年の性的嗜好を刺激するだろうなと思いました。