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新聞を取っていないのでここがチラ裏

久し振りの絵画鑑賞

中学校1年の時の夏休みの宿題で 美術館に行ってA4の紙1枚分のレポートを書いてこい、というものがありました。

美術館に馴染みのない生活を送っていた私は親に相談し、上野の美術館に行くことになりました。

母親に「何の知識もなく絵を見てもただの絵でしかないから企画展の画家についてちゃんと調べてから行け」と言われ、私は大人しく図書館に行きその企画展の目玉の画家について調べました。これが私のフェルメールとの出会いでした。

フェルメールが寡作と言うこともあり絵の一枚一枚について調べるのも難しい事ではありませんでした。この絵はどういう寓意があって絵に示されてるこれが何で…と元々のオタク気質もあいまってかなりしっかりと調べました。お陰で企画展を見に行って非常に感動した記憶があります。知識で人生が面白くなる事を実感したいい経験になりました。

それ以降フェルメールの絵が日本に来るとなると大体見に行ったと思います。住んでいた場所から東京が近いことが非常に有効だったと思います。2008年以降の東京開催の企画展は大方見に行ってるはずなのでそこそこの枚数は見てると思います。

 

今回やっと牛乳を注ぐ女を見に行けました。

中学生以降フェルメールの絵を散々見てきていたのでもちろん感動はありました。でも今までみたいな感動が得られませんでした。

今回の展示も開催前からずっと行きたいと思っていて楽しみにしていたのに。解説が石原さとみだからとかでもなく、絵を見ても無感動に近い感覚しかなく自分自身に対して失望しました。感性が死んでしまったようにしか思えませんでした。

何も考えず何も得ず生きているとここまで感覚が鈍るのかと。いつぞやどこかで見た「わざわざ美術館で絵を見なくても画像データでいいんじゃないか」という意見が頭に駆け巡り、それを否定できなくなった自分が怖くなりました。こんな腐った感性で無感動のまま何を見てもただただ「つまらない」とぼやきながら生きていくのって恐ろしい人生じゃないですか?少なくとも今のままだとそう生きていくことになると感じて冷や汗が出ました。こんな鈍のまま生きていくのは厳しい。いっそ死んだ方がマシ。

 

デ・ホーホの絵を見れたのは個人的に収穫でした。元々風景画の方が好きなので非常に良かった。

その後ルーベンス展にハシゴしたんですけど絵の持つエネルギーと言うか圧が凄くてただただ圧倒されました。すごくつかれた。

ルーベンスをちゃんと見るのは初めてで、お恥ずかしながら無学なもので全然知識がなかったのですがそれでも面白かった。宗教画関係は主題が広く知られているものなので理解しやすくていいですよね。絵の横の解説も分かりやすくて馬鹿の私でも楽しめました。

 

人生を豊かにするには知識が必要不可欠だと思っていて、今の私にはそれを手に入れるだけの気力がないから現状があるんだろうなと思いました。

世の中は頭のいい人が作ったもので動いているし、馬鹿が生きる道はないのではないでしょうか。いつからでも知識はつけられると言えど本人にその意志がない限りどうしようもないですし。

 

酔っ払ってきたので全然読み返してないしtypoとか齟齬があったらすみません。飲酒とyoutubeを見るだけの人生になってきました。

 

 

 

デルフトの眺望はフェルメールの絵の中で一番好きな絵なので死ぬ前に見たいんですけど オランダに行かないとだめっぽいんですよね。

2011年のbunkamuraミュージアムフェルメールの企画展の際に展示されてた港?の風景画が非常に好きだったんですけど作者も作品名も失念してしまって調べることができないので誰か知ってたら教えてください。