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新聞を取っていないのでここがチラ裏

23歳の誕生日に寄せて。

23歳になりました。

 

誕生日に対して執着するのは「生まれてきて良かったんだ」と自己肯定するのに一番向いている日だからです。生きてる事を許可されたい。

おめでとう、と言われる事なんて誕生日の他にない人生ですし、生まれた事を祝われたら生きていてもいいんじゃないかと思えそうじゃないですか。今までの人生もついででいいから肯定されたい。

自分が避妊失敗によってうっかり出来た子供で望まれて生まれてきた訳ではないと知っているので生まれてきた事を親以外の存在に肯定されたい。存在を認めてもらって肯定されたい。

愛されたいし必要とされたい。生きていていいと認められたい。

 

 

 

メンヘラを拗らせていた頃から、24歳にはなりたくないと思い続けていました。

24歳に何があってそう思っているかを考えたところ、母親が私を産んだ年齢と言うのが大きいのかなと思います。

 

幼少期の頃は20代半ばはもう立派な大人だと思っているものじゃないですか。

小学校に新卒で入ってきた先生だって立派な大人の「先生」ですし、外で見かける働いてるお兄さんお姉さんは疑いようもなく立派な大人。

自分の親が24歳の頃に自分を産んだとなれば24歳にもなったら人の親として生きていかなければならないと思っていました。

 

18歳の誕生日を迎えた頃から、年齢を重ねる絶望感が濃くなってきたように思います。

20歳になった頃からは24歳まであと4年しかない、と時間のなさを感じ絶望感に打ち拉がれました。

 

私は人間として非常に劣っているので、自分に価値を見出すとしたら若い女性である事だけだと考えて14歳の頃から生きてきました。

その若さもどう考えても有限なのが分かっていたので有効に使おうと思いましたが上手くいかなかった。18歳を越えたら本当にババアだと思っていました。

自分が18歳になる事は分かっていても自覚が未だにうまくできていないように思います。それなのにどんどん年の数が増えていって、精神が置いてきぼりになってる。歳をとる事に対する焦りだけが増していく。

 

24歳になっても私が思っている大人になれないと思います。私の思う大人は完璧な人間で、失敗なんて決してしない人です。

人間は完璧じゃないとか、そんな人はいないと言われるのも分かるんですけど、そういう言い訳は求めてないしそれは私が求めている自意識としての存在ではありません。

これで顔が良かったりもっと頭が良ければそこに自意識を当て込めたのかも知れないんですけど、人として欠陥が多い以上完璧でないと人権すら認められなくないですか?

 

24歳に対する絶望感を拭えないまま23歳になってしまいました。本当に怖い。このまま早急に首を括った方がいいんじゃないかと焦りが湧きます。

24歳になったら取り返しがつかないように思える。そうなる前に手を打ちたい。

 

 

あと1年。たった12ヶ月。焦燥感だけが残る。